夏目漱石の『虞美人草』は1907年6月23日から10月29日まで朝日新聞に連載された。
作品の第11章で登場人物たちが1907年に開催された東京勧業博覧会を見物する場面があるので、作品内の時間も同じく1907年としていいだろう。また、登場人物の年齢も作中で言及されるので、人物の生年も自ずとわかる。まとめると以下のとおり。

・宗近一  28歳(1879年生)
・甲野欽吾 27歳(1880年生)
・小野清三 27歳(1880年生)
・甲野藤尾 24歳(1883年生)
・宗近糸子 22歳(1885年生)
・井上小夜子 21歳(1886年生)

周知のように、甲野藤尾は文学芸術を解する才女であり旧来の道徳にも真っ向から立ち向かういわば「新しい女」であり、一方井上小夜子は藤尾のように我を張ることもない、古くさいと言ってもいいような「過去の女」である。そして詩人の小野清三は藤尾に惹かれつつも、宗近一の説得の結果、小夜子と結婚する決意を固める。

小夜子と同じ年に生まれた人を調べると、
・平塚らいてう(1886〜1971)
・松井須磨子(1886〜1919)
が見つかった。どちらも小夜子とは正反対、むしろ藤尾に近い女性であろう。小夜子の旧時代性がより鮮明になる。平塚らいてうが漱石の弟子である森田草平(1881〜1949)と自殺未遂騒動(いわゆる「煤煙事件」)を起こすのは、『虞美人草』連載終了のおよそ5ヶ月後のことである。

それでは藤尾と同い年の人は、と調べたが、とくに著名な日本人女性は見つからない。がしかし、フランスに2人いた。
・ココ・シャネル(1883〜1971)
・マリー・ローランサン(1883〜1956)
である。
また、画家ローランサンの恋人である詩人ギョーム・アポリネールは1880年生まれで、同じ詩人の(!)小野清三と同年である。

1907年、日本では小野清三(27歳)と甲野藤尾(24歳)が、フランスではアポリネール(27歳)とローランサン(24歳)が付き合っていた。

「だからどうした?」と問われればそれまでの話。しかし、漱石に徹底的に否定され殺された藤尾は、生まれる国さえ違えばのびのびと生きられたのかなと思うと、何だか可哀相な気がする。

ちなみに、『虞美人草』に見られる漱石の勧善懲悪な道徳観を徹底的に攻撃した正宗白鳥は宗近一と同じく1879年生まれで、どちらにも「宗」の字が入っている。